【堀口大学】新潟県上越市旧高田市に疎開した詩人

堀口大学(だいがく)   美術作家メモもくじページ    遊心堂お店案内
明治25-昭和56  高田に疎開した詩人

堀口大学は高田に疎開した詩人。
フランス詩を翻訳(ほんやく)した訳詩集(やくししゅう)が評価高い。文化勲章受章。

骨董好きで、加藤正作(しょうさく、良作の父)の店によく訪れた。いつも和服姿だった。加藤良作は家(榊神社から南へしばらく)によく届け物に行った。
ガラス戸の家具には骨董がぎっしり。古九谷のような高価なものでも雑器と同じように使った。
娘の堀口すみれ子は当時幼稚園くらいだった。葉山に移ってからも交流があった。


亡くなってから、加藤良作は陶芸家齋藤三郎と、石碑(せきひ)を建てる相談をした。
他の有志者とお金を出し合い、詩碑「高田に残す」を高田公園に建てた。